副業における労務管理と制度導入の方法

副業における労務管理と制度導入の方法

副業・兼業(以下、「副業」という)を取り巻く環境はここ数年で大きく変動し、副業という言葉を耳にする機会が以前より増えました。2018年1月には厚生労働省の「モデル就業規則」が副業を原則認める内容へと変更され、2020年9月に「兼業・副業の促進に関するガイドライン」の改定と、労働者災害補償保険法の改正による、複数事業で働く労働者の補償制度の取り扱い拡充により、副業促進のための環境が整えられました。

これらは、政府が副業の拡大を日本の成長戦略のひとつとして位置付けていることにあります。2019年に時間外労働の上限や同一労働同一賃金を法制化するための「働き方改革を推進するための関連法律の整備に関する法律」の改正が行われました。この法改正は、働く人がそれぞれの事情に応じた多様な働き方を選択できる社会を実現することを目的としており、コロナ禍で急速に普及したテレワークやフレックス等の「多様で柔軟な働き方」を実現することにあります。その「多様で柔軟な働き方」の一つに副業は位置付けられており、政府は副業をさらに普及させることで、多様な働き方を選択できる社会の実現を目指しています。

今回は、副業における労務管理上の基礎知識と制度導入のために必要な体制構築の方法について取り上げます。 

副業とは

副業とは、一般的に自社で勤務する労働者が他の企業で勤務したり、個人事業主として収入を得たりすることをいいます。副業には様々な形態があり、複数の業を行うことを幅広く副業と呼ばれています。

副業は、業務委託契約等の雇用契約ではない契約によって仕事を請け負うものと、企業等との雇用契約により指揮命令を受けて仕事を行うものの2つに分けることができます。
その中でそれぞれ、正社員、パート・アルバイト、個人事業主、フリーランスやギグワーカーと呼ばれるものに細分化されます。これらの組み合わせで様々な「副業」が存在しています。

副業制度におけるリスクとその対応

副業はリスクが高いと思われている経営者も多いかもしれません。その要因は主に次の4点にあり、企業はそれぞれにおけるリスクを理解したうえで、副業を運用するための体制構築が求められています。

安全配慮義務への対応

企業は労働者の安全と健康を確保する義務(健康安全配慮義務)を負います。例えば、企業が労働者の業務量・時間が過重であることを知りながら、何ら配慮しないまま労働者の健康に支障がでた場合等、安全配慮義務違反となる可能性があります。
企業は、長時間労働等の労務提供上の支障がある場合には副業を禁止又は制限できるように就業規則等に定め、副業開始時には副業内容の確認及び副業開始後の状況確認を行い、健康状態に問題があると認められる場合には適切な措置を取る等の対応を行う必要があります。

秘密保持義務違反への対応

労働者は企業の業務上の秘密を守る義務を負っていますが、労働者が業務上の秘密を他の企業の下で漏洩させる可能性があります。企業は労働者に対して、業務上の秘密となる情報の範囲や、機密情報を漏洩しないことについて就業規則に定める又はその旨の誓約書を取得する等によって注意喚起を行う対応が必要となります。

競業避止義務違反への対応

労働者は一般に、在職中に使用者と競合する業務を行わない義務を負っていますが、労働者が他の企業で働くことによって競業避止違反が生じる可能性があります。企業は、競業により自社の正当な利益を害する場合には副業を禁止又は制限できるよう就業規則等に定めておく又は、禁止される競業行為の範囲や、自社の正当な利益を害しないことについて誓約書を取得する等の対応が必要です。ただし、競業避止義務は正当な利益を不当に侵害してはならないことを内容とする義務であるため、個々の業務内容等を踏まえて判断することが必要です。

誠実義務違反への対応

労働者は秘密保持義務や競業避止義務のほかに、企業の名誉・信用を毀損しない等、誠実に行動する義務を負っています。この義務違反が生じないよう、企業は、自社の名誉や信用を損なう行為や信頼関係を壊すような行為がある場合には、副業を禁止又は制限できるように就業規則等に定めておく対応が必要です。

副業における労働時間と時間外労働の考え方

副業の普及を妨げている大きな要因に、副業時の労働時間の考え方の複雑さがあります。前述した「安全配慮義務」への対応には適正な労働時間管理が欠かせません。副業における労働時間の考え方について正しく理解し、適正な労働時間管理を行う必要があります。

副業における労働時間

労働基準法第38条第1項において、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用は通算する。」と定められています。この「事業場を異にする場合」には、「事業主を異にする場合」も含まれるため、労働基準法に定められる労働時間規制が適用される労働者が他の企業に雇用される副業を行った場合、それぞれの労働時間を通算した時間を労働時間として取り扱う必要があります。
図②において、自社と他社の労働時間を通算した8時間が副業労働者の1日の労働時間となります。

企業は自社の労働時間と労働者からの申告等により把握した他社の労働時間を、自社の労働時間制度を基準に、自社の労働時間の内、法定労働時間を超える時間外労働を次の手順で把握し、36協定の遵守及び割増賃金の支払いを行う必要があります。

副業における時間外労働の考え方

① 副業開始前における労働時間の通算
自社の所定労働時間と他社の所定労働時間を通算した結果、自社の所定労働時間に法定労働時間を超える部分があるか否かを確認します。先に締結された雇用契約に基づく所定労働時間が優先されるため、通算した所定労働時間が法定労働時間を超える場合は、後に締結された雇用契約における法定労働時間を超える所定労働時間を「時間外労働」として把握する必要があります。
図③の労働者の労働時間は通算すると合計9時間で法定労働時間(1日8時間)を超えており、労働契約を後に締結した副業先において、1時間の法定外労働が発生します。

② 副業開始後における労働時間の通算
自社の所定外労働時間と他社の所定外労働時間を通算した結果、自社の所定外労働時間に法定労働時間を超える部分があるか否かを確認します。所定外労働においては、時刻が先の所定外労働時間が優先されるため、時刻が後の所定外労働時間に法定労働時間を超える労働時間があれば「時間外労働」として把握する必要があります。
図④の労働者の労働時間は通算すると合計10時間で法定労働時間(1日8時間)を超えていますが、所定内労働時間は自社と副業先どちらも法定内労働時間内です。従って、所定外労働が時間的に後に行われている副業先において、2時間の法定外労働が発生します。

副業労働者の36協定及び時間外労働の上限の遵守

前述の手順によって労働時間を通算した結果、自社の法定外労働時間が各事業場の36協定の範囲内となるよう各社管理を行うことが必要です。ただし、時間外労働の上限の内、次の制限に関しては、他社の法定外労働時間も通算した時間が対象となるため留意が必要です。
・法定外労働時間と休日労働時間の合計が単月100時間未満
・法定外労働時間と休日労働時間の合計が複数月平均80時間以内

管理モデルによる労働時間管理

「副業・兼業の促進に関するガイドライン」において、副業における労働時間管理を簡便にするための運用方法(以下、「管理モデル」)が定められています。管理モデルとは、副業の開始前に、労働契約の締結が前の会社(以下、「自社」という)における法定外労働時間と労働契約の締結が後の会社(以下、「副業先」という)における労働時間(所定労働時間及び所定外労働時間)を合計した時間数が時間外労働の上限の範囲内(単月100時間未満、複数月平均80時間以内)で、それぞれの会社における労働時間の上限をそれぞれが設定し、それぞれの会社において、設定した上限の範囲内で労働させる運用を言います。
管理モデルにおいては、副業先の労働時間を把握する必要なく労働基準法を遵守できることとなり、副業における労働時間管理が簡便になります。ただし、副業先においては、法定内労働時間となり得る所定内労働時間や所定外労働時間を法定外労働時間として把握し、割増賃金を支払うことが必要となるため、導入時には留意が必要です。
なお、副業先が自社における日ごとの労働時間を把握し、労働時間の通算の結果、法定内労働時間に収まることが明らかな場合に、管理モデルを導入していたとしても、副業先が実際の労働時間に基づいて労働時間の通算を行い、割増賃金を支払うことは認められています。その場合、副業先で自社の日ごとの労働時間を把握することが必要となるため、明らかに自社に所定外労働がない等でない限り、管理モデルの本来の目的である労働時間管理を簡便にするという目的は果たせなくなることが懸念されます。

出典:厚生労働省(「副業・兼業の促進に関するガイドライン」パンフレット)

副業制度の導入

副業から懸念されるリスクと副業における労働時間管理の煩雑さを理由に、これまでは副業は禁止としている企業が多くありました。しかし、労働者が労働時間外をどのように使用するかは労働者の自由であるため、本来、企業が一律に副業を禁止することは原則できません。ただし、労働者の健康と安全を守るため、又は企業の正当な利益を守るために副業を制限することは可能ですので、企業は副業開始前には必要な制限を行い、副業開始後に発生し得るトラブルを回避できるよう、副業のルールを策定したうえで、運用体制を構築し、副業制度を安全に継続運用することが必要となります。

副業ルールの策定方法

まずは、会社として把握すべき定義を検討します。冒頭で触れた通り、副業には様々な形態があります。会社への申請が必要となる副業は、どのような形態の副業かを明確にし、副業制度を運用するにあたって必要な情報を確認する必要があります。会社が定める副業の定義に該当する場合は、申請された副業を認めるか否かを判断することとなりますが、実際の導入の準備として次の事項について社内で検討する必要があります。

【検討が必要となる事項】
・副業開始時の手続きの方法
・副業を制限する基準
・副業の確認方法及び内容
・副業の労働時間管理の方法
・副業の状況の確認方法
・副業時の誓約書事項及び服務規律
・副業ルール違反時の対応

【参考】
労働者から確認すべき副業情報(「副業・兼業の促進に関するガイドライン」)

副業・兼業の内容に関する確認事項
・他の使用者の事業場の事業内容
・他の使用者の事業場で従業員が従事する業務内容
・労働時間通算の対象となるか否かの確認

労働時間通算のために確認すべき事項
・他の使用者との労働契約の締結日及び期間
・他の使用者の事業場での所定労働日、所定労働時間、始業・終業時刻
・他の使用者の事業場での所定外労働の有無、見込み時間数、最大時間数
・他の使用者の事業場における実労働時間等の報告手続き
・これらの事項について確認を行う頻度

導入準備とその後の対応

副業制度における運用ルールの検討を終えたら、決定したルールを就業規則等に定め、申請書や誓約書等の書面の整備を行います。ルールを周知したら副業制度の運用開始となります。
副業を開始した後も、リスクへの対応、従業員の安全及び法令遵守の観点から、定期報告による副業の状況の確認、36協定及び時間外労働上限の遵守、適正な割増賃金の支払い、健康保持のための副業先における労働時間の確認等を行うことが必要となります。

まとめ

コロナ禍において、収入や労働時間が減った労働者は多く、副業を行う労働者は増えたと言われています。しかし、コロナ禍前でも一般にパートやアルバイトと呼ばれる人達によるいわゆる「ダブルワーク」は行われていました。つまり、副業は決して新しい制度ではなく、これまで身近に活用されてきた働き方の一つでもあり、政府が掲げているとおり、それぞれの事情に応じて多様で柔軟な働き方を実現するために、副業の普及は欠かすことができません。
副業は、優秀な人材の確保と定着、組織の活性化に繋がります。また、収入が不安定な労働者や、労働者の収入補填の方法としても効果があり、企業も必要な時に必要な時間に労働を享受することもできます。
副業の運用・活用方法は多様です。副業によってリスクの機会が増えることは事実ですが、これらのリスクは副業ではない労働契約においても存在しています。企業は、副業運用に関するルールを定め、安全かつ適正に運用し、組織活性化に繋げることが必要となるでしょう。

(執筆者:社会保険労務士法人みらいコンサルティング
株式会社わらじee
特定社会保険労務士 佐保田 藍)

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