未払残業代問題への対応について【民法改正による時効延長の影響】

未払残業代問題への対応について【民法改正による時効延長の影響】

未払残業代の消失時効が3年に延長された。もちろん残業時間の割増金をきちんと支払っていれば問題はないのだが、計算や労働時間の把握においてミスも考えられるだろう。時効期間延長により、経営者および企業にどんな影響があるのだろうか。注意すべき点とは? 今回は未払残業問題への対応を解説する。

目次
  1. 割増賃金請求権の消滅時効延長
  2. 労働基準監督署による割増賃金未払の是正状況
  3. 人事労務トラブルの状況とレベル認識
  4. 企業が確認すべき基本的事項
  5. まとめ

割増賃金請求権の消滅時効延長

厚生労働省は、民法一部改正法の施行日(令和2年4月1日)に合わせ、特別法である労働基準法第115条に規定する時間外労働などに対する割増賃金請求権の消滅時効期間について現行の2年間(退職手当については5年間)から5年間(退職手当については現行維持)に改正することとした。

ただし、当分の間の猶予措置として消滅時効期間を労働基準法第109条に規定する賃金台帳などの記録の保存期間に合わせて3年間としている。これは、企業側の負担を考慮した結果の当分の措置と考えられるが、将来的には労働者保護の観点からも労働基準法に規定されている通りの5年間とされるであろう。

企業側の立場となって考えると、この賃金請求権の消滅時効期間が延長されることに対し、何一つ対応や対策を講じないことは今後大きなリスクとなり、大企業はともかく中小企業では倒産の危機にまでつながる可能性が高いことを認識する必要がある。

労働基準監督署による割増賃金未払の是正状況

厚生労働省が発表した「平成30年度監査指導による賃金不払残業の是正結果」によると、全国の労働基準監督署が監督指導をおこなった結果、時間外労働などに対する割増賃金を支払っていない点を指摘され是正した企業数は1,768社、その内1,000万円以上の割増賃金を支払うことになった企業数は228社にものぼる。

また、支払われた時間外労働に対する割増賃金の合計額は124億円にものぼり、1企業あたり704万円もの額となる。業種別の状況をみると、さらにはっきりとしたことがわかる。製造業、保健衛生業、商業の3業種が業種別、対象労働者数、是正支払額すべての項目TOP3に当てはまっている。

今後、特にこの3業種の企業においては、是正監督を受けやすい業種ということを認識し、注意して対応しなければならないということは言うまでもない。

【表1】厚生労働省資料「100万円以上の割増賃金の遡及支払状況(平成30年度分)

対象職員の雇用期間により異なると思われるが、この発表資料のデータの数字は当然ながら法律改正前の現行規定である最大2年間という消滅時効期間を前提に計算したものである。

そうなると、最初に申し上げた2020年4月からの賃金請求権の消滅時効期間が2年から3年に延長された場合や将来的に法律通りの5年に延長された場合は、割増賃金の額が発表額の1.5いや2.5倍以上の金額となって、企業に負担を強いられることとなるだろう。

この負担に耐えられる中小企業がどれほど存在するのか現時点では想像もつかないが、企業の業績悪化につながることは間違いなく、倒産への引き金となる可能性は十分にあると考えられる。

人事労務トラブルの状況とレベル認識

企業としては、これまで述べてきた賃金請求権の消滅時効期間が延長されたことも踏まえ、職員との人事労務トラブルを未然に防止することが大変重要な事項とになってくる。

しかしながら、日本において企業と職員との間におけるトラブルは年々増加の一途をたどっているのが現状である。

厚生労働省が発表した「平成30年度個別労働紛争解決制度の施行状況」によると、平成30年度の総合労働相談件数は前年度比1.2%減少の約111万件であったにも関わらず民事上の個別労働紛争の相談件数は前年度比5.3%増の約26万件となり、大変高い数字で推移している。

【表2】厚生労働省資料「平成30年度個別労働紛争解決制度の施行状況(平成30年度分)

では、不幸にして人事労務トラブルが起こってしまった際、特に今回のテーマである未払残業に係るトラブルが起こってしまった際、企業は職員とのトラブルが現在どのレベルに達しているのかを的確に把握し、対応策を速やかに検討することが大事である。

未払残業に係るトラブルとして考えられるレベル分けは、以下のように考える。

レベル1】
①職員が社内の部長・役員へ相談

…外部専門家を含め話し合いをおこない、この段階で解決に至ることが大事

レベル2】
②職員が労働基準監督署へ相談
…労働基準監督署からの問合せや立入検査が実施され法律違反がないか事実確認

③個別労働紛争解決制度の利用
…都道府県労働局長の助言指導や紛争調整委員会のあっせんによる解決へ

【レベル3】
④職員が労働組合(ユニオン)へ相談
…会社と組合の団体交渉、個人加入のユニオンとの話し合い

レベル4
⑤職員又は弁護士等からの内容証明郵便
…弁護士等による内容証明の郵便が届き、訴訟に発展する可能性あり

⑥民事調停
…簡易裁判所にて調停委員により、労働者・企業側両者の主張を加味し和解へ

レベル5
⑦労働審判
…民事調停で解決しない場合、裁判官も含めた労働審判委員により解決案の提示

レベル6
⑧民事訴訟
…裁判となり企業側が敗訴した場合、未払残業代に加え付加金の支払い義務が発生レベル6まで達してしまうと、企業にとっては社会的にもダメージが大きく、その上多額の費用負担を強いられることとなり、今後の会社経営に影響を及ぼすことが懸念される。

企業が確認すべき基本的事項

企業は、レベル6の民事訴訟に達するような状況を避けるため、社内の人事労務管理体制の徹底的な現状把握をおこない、問題点を抽出する作業を始めることが必要である。未払残業に係るトラブルを予防するために必要な事項は、以下が一例として挙げられる。

  1. 職員の労働時間を勤怠システムやタイムカード等で管理できているか
  2. 労働基準法第36条協定の内容が職員の労働時間の実態を即して作成されているか(労働基準監督署へ提出されているか)
  3. 就業規則に規定している割増賃金の割増率で計算された割増賃金を支払っているか
  4. 割増賃金の計算の基礎となる各種手当について基本給だけでなく算入すべき手当をすべて含めているか

……等。既にこれらの事項に問題がある場合、今すぐ改善する必要がある。その結果、次のステップとして割増賃金の未払が発生しない仕組みづくりや社内体制を整えることにつながるのである。

まとめ

今後、日本は労働人口減少により中小企業での人材採用は、ますます厳しさを増すこととなるであろう。

そういった中、2020年4月以降働き方改革の一環として始まる同一労働同一賃金への対応、職員の入退社等含めた手続きの電子申請化、およびパワーハラスメント法制化による対応など、企業が検討対応すべき人事労務管理体制作りに終わりはなく、逆に中小企業には多くの課題が山積している状況となっている。

企業にとって、人事総務部門などの管理部門に多くの人材を投入することは不可能であり、仮に投入できたとしても多額の人件費により経営のバランスが崩れてしまい本来の事業に費用を投資する事ができなくなり、会社経営そのものに影響を与えることとなってしまう。

企業として人事労務管理体制を構築する上で必要な事項は、質とコストのバランスを維持することである。つまり、人事総務部門をシステムと専門家に徹底的にアウトソーシングすることこそが、これからの中小企業に求められることであり、最大のメリットを享受できると考えられる。

具体的に挙げると、人事労務管理の専門家である社会保険労務士と勤怠・労務管理・給与計算が一元化されたジョブカンのシステムに人事総務部門に関わる業務を総合的にアウトソーシングすることで、以下のメリットが生まれることになる。


勤怠システム導入により、企業と職員それぞれが日々の労働時間、残業時間、年次有給休暇残日数等をシステム上で確認でき、お互いの認識違いを回避することが可能。

また、働き方改革に伴い年次有給休暇5日指定取得義務、年次有給休暇管理簿の作成および時間外労働の罰則付上限規制の管理等がシステムを利用することで容易に把握、確認、作成できる点は言うまでもない。


勤怠チェックから給与計算まで一連の業務を専門家に委託する事で、未払残業に係るリスクを大幅に減少することが可能となり、さらには変形労働時間制導入等最適な労務管理の提案を受けることで残業時間抑制につながるコスト削減が可能。


自然災害、感染性疾病などにより人事総務部門の職員が出社できない場合(給与等支払い手続きが滞る等)のリスク回避が可能。


勤怠システム導入や働き方改革に対応した各種助成金の提案が受けられ、助成金の申請もスムーズに実施可能。


働き方改革などの法改正に対応した就業規則等の改定がスピーディーに対応可能。

最後に、未払残業問題を起こさない仕組み作りは、勤怠システム導入と専門家へアウトソーシングすることで可能となり、その結果がコスト削減につながることを理解いただき、今後多くの企業が盤石な人事労務管理体制を構築されていかれることを願う。

中島 丈博

NTS丸の内社会保険労務士法人 | 中島 丈博

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